رَبَّنَا آمَنَّا، فَاغْفِرْ لَنَا، وَارْحَمْنَا، وَأَنْتَ خَيْرُ الرَّاحِمِينَ.
رَبَّنَا آمَنَّا فَاغْفِرْ لَنَا وَارْحَمْنَا وَأَنْتَ خَيْرُ الرَّاحِمِينَ
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本当に、わが僕たちの(信仰者の)一団は、(現世でこう)言っていたものなのだ。「我らが主*よ、私たちは信じました。ならば、私たちをお赦しになり、私たちにご慈悲をおかけ下さい。あなたは慈しみ深い者の中でも、最善のお方です」。[1]
形:動詞「イグフィル」(اغْفِرْ)と「イルハムナー」(ارْحَمْنَا)。現世で不信仰者たちに嘲笑されたものの、永遠の楽園を得た信仰者たちの祈り。
アブドゥッラフマーン・アッ=サアディー師のタフスィール
次に、彼らを懲罰へと至らせ、慈悲から遠ざけた事情について、こう述べられる。「 本当に、わが僕たちの一団は、『われらが主よ、私たちは信じました。 ですから、私たちをお赦しになり、私たちに慈悲をおかけください。 あなたは慈悲深い者の中で最善のお方です』と言っていた」。 彼らは、善行を伴う信仰と、主に赦しと慈悲を願う祈りとを併せ持っていた。 また、主の主性、信仰を授けられたことへの恩恵に訴え、主の慈悲の広大さと、あまねく行き渡る善行について述べていた。 その言葉には、主に対する彼らの服従と謙虚さ、へりくだり、恐れ、そして希望が示されている。
イマーム・イブン・カスィールのタフスィール
至高なるアッラーは、彼らが現世で犯した罪と、信仰者である僕たち、そしてアッラーの友たちを嘲笑していたことを思い起こさせて、こう仰せになった。「本当に、わが僕たちの一団は、『われらが主よ、私たちは信じました。ですから、私たちをお赦しになり、私たちに慈悲をおかけください。あなたは慈悲深い者の中で最善のお方です』と言っていた」。
アル=バガウィーのタフスィール
「本当に」(إِنَّهُ)の「彼」(هُ)は、文の意味を補強する語であり、「不明のもの」とも呼ばれる。「わが僕たちの一団」とは、信仰者たちのことである。「彼らは、『われらが主よ、私たちは信じました。ですから、私たちをお赦しになり、私たちに慈悲をおかけください。あなたは慈悲深い者の中で最善のお方です』と言っていた」。
『サヒーフ・ムスリム』(2865)には、忍耐強い貧しい人々と、慎ましい信仰者たちの徳について伝えられている。彼らは、楽園への入場において富裕な人々に先んじる。